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不定期連載/勝手に振り返る、ベイスターズ球場エンタメの歴史(8)2009年―継承と発展の4年目(後)

さて、
昨日に引き続いて、
ベイスターズ球場エンタメの歴史を振り返ります。

2009年の後半部分、
今回もテキストオンリーにはなりますが、
よろしければ、お付き合いください!



●躍動、diana2009!

前年から7名、そして新メンバー11名。
18名で結成されたdiana2009。
前年から本格的にdianaの「顔」となったスタンツも、
スタンツ経験者をメンバーに加えるなどしてさらにパワーアップ!
島貫奈菜さんの大ジャンプが観られる「The Best Damn Thing」は、
YYパークや地域イベントでの、ステージの定番ナンバーであり目玉のパフォーマンスとして、
ベイスターズファンにもしっかり、定着していきました!

またステージでは、
野球教室や幼稚園訪問の時にやっている、
「dianaエクササイズ」を披露してくれた時もありました。
これは「月の女神」を若干ゆっくりと再生して、
それに体操的な振付を施したものなのですが、
それまでステージで観ることのできない、
大人たちにとっては幻のナンバーであっただけに、
その披露は、かなり嬉しいものでした!

また良くも悪くも観客動員があまり良くなかった、
この頃のベイスターズ、横浜スタジアム。
時にはdianaが内野席を練り歩いて、
開いているFA最後列席あたりなどを使って、
スタンドのファンと一緒に応援する、そんなシーンもよく見受けられました!

チームとファンとの懸け橋として、
ダンスだけでなく、試合のサポート、そしてファンのサポート。
dianaの存在が、しっかり、ベイスターズに根付いていた、
充実の4年目を迎えていました。

●YYパークは、活性化の一途!

4年目を迎えたdiana、
ということもあって既にダンスパフォーマンスショーは定番のイベント。
そして、それに加えて、
横浜を拠点に活動するミュージシャンやパフォーマーのゲストライブも、
すっかりYYパークの定番イベントになっておりました。
さすがに、開門前ぐらいの時間からのライブは、
ちょっと人が少なすぎて、どうなんだろう?と思うこともありましたが(^^;)

この頃のゲストライブで、よく登場してくれていたのが、
まさに神奈川を拠点に活動されていた、クリムゾントリックスターズの皆さん。
ドラムの山田さんはガチのベイスターズファンの方で、
自分もよくお話させてもらっていましたね。
残念ながらクリムゾン―の皆さんは、2012年で活動を休止されてしまったそうなんですが、
彼らの曲を聴くと、あの頃のYYの想い出が、よみがえってくるようです。
山田さん、お元気ですか?(^^)

dianaのステージイベントとしては、
ピンクリボン活動が前年以上の頻度、そして盛り上がりを見せておりました。
ベイスターズ&TBSとのコラボグッズ販売もありましたし、
この年のdianaのポンポンはピンクだったり、
dianaが踊るステージに描かれたイラストも、ピンクリボン仕様だったり!
参考記事
青と白とピンクが、晴れた日には本当によく映える、
そんな鮮やかなステージになっていましたね。

また、この頃から!
ステージスケジュールを掲示するホワイトボードに、
dianaの描いたイラストが増えるようになってきた、
そんな風に記憶しています。

ポンポンやメガホン、応援ボードなど、
多種多彩にわたる作成教室も相変わらずの好評。
応援練習もにぎやかでありました。

さらには独自の企画として、
アメリカからゆかいなマスコット「Zooperstars」が登場したり、
吉本の芸人さんが登場したり(パンクブーブーが来ていた!)、
ハワイアン・フェスティバルでフラダンスな1日も楽しめたり…
本当、いろんなこと、やってましたね!

ダンスだけでなく、
いろんな方面で楽しめる。
手作り感いっぱいのイベントに、
diana、ケチャップさん、吉岡さちこさん(オフィシャルレポーター4年目!)といった、
キャリアを重ねたキャスト陣の手腕も輝きまくり、
充実の一途を辿っていた、YYパークでありました!

●本格化するピンクリボン活動。

プロ野球チームとしては初めて、
ピンクリボン活動と本格的なコラボレーションを果たしたベイスターズ=diana。
前年好評だった「球場をピンクに染めよう!」も、
母の日に合わせて、第2弾が行われることに!
ピンクリボンかながわさんのページ
ピンクに染まったハマスタのスタンドは、
まさに!圧巻の一言でした。

この「球場をピンクに染めよう!」の際、
ベイスターズにメッセージを送ってくださったのが、
ミュージシャンの川村カオリさん。
「翼をください」などで著名な川村さんでしたが、
実は彼女自身も2004年に乳がんを患い、一時は克服。
以後、ピンクリボン運動のイベントに積極的に参加されるなどの活動を行っていました。
この「球場をピンクに染めよう!」の際にもビジョンでメッセージと、
自身の曲「ZOO」(ECHOESのバージョンが、フジ系ドラマ「愛をください」主題歌にもなった)を、
川村さんは送ってくださいました。

しかし―
この2009年7月28日、
川村さんは、乳がんで、亡くなられました。

ハマスタでも、彼女が亡くなられてからの、最初の試合。
ちょうど、つば先生がハマスタに来てくれた日だったんですが、
試合前に、追悼のメッセージが流れ、
川村さんのご冥福を、球場全体で、お祈りしていました。
当時の記事
この悲しみとともに、
dianaの、ベイスターズの、ピンクリボン啓蒙への活動も、
さらにさらに、高まっていったように、自分は思っています。
TBSで行われたピンクリボン展に、
dianaが出張したこともありましたね。

DeNAになってから、
ピンクリボン活動とはかなり離れてしまいましたが(今年は1試合のみ、活動がありましたが)、
またあらためて、この活動をやってもらえないだろうかと、
今も自分は強く強く、願っています。

●華やかなりし交流。

この2009年も、
マリーンズ、ドラゴンズとのマスコット・チア交流は実現!
※ドラゴンズとは変わらずの「ドラゴンズの皆さんが横浜に登場!」でしたが。
華やかで楽しい交流は、続いておりました。

そしてこの年は、さらに!
ホッシー&dianaが、神宮球場に登場するというサプライズイベントも。
dianaは島貫さん&川島さんの2人のみでしたが、
その珍しい光景に、dianaメンバーも神宮に大挙して観に来たり(^^)
しかも、その試合は、
皇太子ご一家が神宮で観戦されるという"台覧試合"でもありました!
当時の記事
まさか、ヤクルトvs横浜という、
セ・リーグでも最も地味でお客さんが入らない試合を…(^^;)
という感じではありましたが、
実に貴重な体験を、自分もさせてもらいました!

●YUMIMIさん。

この2009年は、ベイスターズ以外で言いますと、
オリックス・バファローズに新チアチーム「Bs Dreams」が誕生した年でもありました。
そのBs Dreamsの、初代キャプテンを務めたのが、
誰あろう、diana2008の、本池由実さん!
Dreamsでは「YUMIMI」というニックネームになっていましたが、
自分も交流戦で、彼女の姿を観に、神戸まで行ってきた想い出があります。

こうやって、dianaの経験が、
他のチームにも引き継がれたりしていくこと。
自分としては初めての経験でしたが、
大阪・神戸方面にも声援を送っていた、この年でした。

●紙芝居「あつきほしたちよ」誕生!

充実の一途をたどっていた、この年のdianaですが、
シーズン最終盤になって、もう1つ、エポックなことがありました!

dianaが、紙芝居を作りました(^^)
その名もズバリ、「あつきほしたちよ」!
ホッシーファミリーにブーブ、エキベー、そしてdianaが総登場する紙芝居。
とってもゆかいで、ちょっとほろりとできる。
そんな紙芝居を作ってくれたdiana、
キッズスペース(今ではベイスたんたちのねどこでもあります^^)で、
子供たちに披露してくれたこともありましたね。
後々、YYパークでトラッキーをゲストに、
「あつきほしたちよ」を劇でやったことも、ありましたね(^^)

グラウンド以外でも、
ハマスタに、笑顔の花をいっぱい咲かせてくれたdiana。
本当に僕たちは、ダントツ最下位のチームなんだろうか?
そう思ってしまうほどに、
ハマスタは、幸せな空間でした。

その手作り感、そのお客さんとの距離の近さが、
この頃の魅力だった、と。そう思っています。

●涙、涙…大雨の中の最終戦

そんな充実しきりの2009年だったのですが、
残念だったのが、この年のハマスタ最終戦。
あいにくの雨に見舞われてしまい、
dianaのラストダンスパフォーマンスは屋根の下(年間席ゲートの前あたり)。
曲数もかなり削られての、ラストパフォーマンスとなってしまいました。
当時の記事
ハマスタ最終戦も、大雨の中。
その中で、スタンドで、グラウンドで、
精いっぱいのパフォーマンスを見せてくれたdiana。

やっぱり、ベストな状態で、
最終戦、迎えさせてあげたかったなあ、と…
もし自分が時間を戻す能力などがあったとしたら、
一番やり直させてあげたいのは、この日のハマスタ―
そんな風に、今でも思っています。

●変わりゆくdiana、YYパーク

最終戦こそ辛い試合になってしまいましたが、
1年トータルして振り返ってみると、
非常に充実したシーズンであったことには間違いない、
ベイスターズの球場エンタメ。
ではあったんですが、
この2009年の終わりに、分岐点を迎えることになります。

1つは、オフィシャルレポーターとして4年間頑張ってくれた、
吉岡さちこさんの勇退。
ご本人のご結婚、という、いわば「寿退社」。
もちろん、たいへんおめでたい話ではあったのですが、
ファンからもハマスタやスカスタで「さっちゃん!」と声をかけられ、
気軽にファンと交流される姿がたくさん見られていた吉岡さん。
おめでたいながらも、やっぱりさびしい…そんな気持ちもありましたね。

そして、もう1つ。
来るべき時が、ついに来た―
翌年1月、diana2010のメンバー発表がなされた際。
そのメンバーに、えみなさん・りささんの名前が、なかったのです…
「dianaの生き字引」として、中心となって活躍してくれた2人がいなくなる―
その報告は、ずっと観続けていたファンには、
衝撃が走るものとなっていました…

チームも新たに、尾花監督が就任。
ベイスターズは、新しい時代、
そしてそれとともに、
「球団身売り」という大激動に揺れる2年間を、迎えることになります―


ということで、2009年の後半部、お送りいたしました。
次回はもちろん、2010年のお話を後日!
更新させていただきたいと思います。
引き続き、もしよろしければ、お付き合いください!m(_ _)m

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