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不定期連載/勝手に振り返る、ベイスターズ球場エンタメの歴史(7)2009年―継承と発展の4年目(前)

さて、
不定期連載「勝手に振り返る、ベイスターズ球場エンタメの歴史」。
その4年目。
どうやら今年中に9年目までは行けない様相になってきましたが、
しっかり、少しずつ、進めていきたいと思います。

dianaが4シーズン目を迎えた、
2009年のお話、その前編。
今回もテキストオンリーではありますが、
やっていきたいと思います!


●WBC優勝で意気上がる!

この年はなんと言っても、まずはWBC!
劇的な決勝を勝ち抜いての優勝でしたが、
その勝利の輪の中には、我らがウッチー・内川聖一選手もおり、
そして途中離脱となってしまった、村田修一選手のユニフォームもありました。

最高の流れ、後押しの中で、2009年のペナントレースは幕開け。
開幕直後に、各球場で優勝トロフィーの持ち回り展示もありましたね。
ハマスタでも、WBC優勝トロフィーが展示され、
最盛期には見るのに1時間待ち、なんてこともあったそうです!

●新ファンクラブ「B★SPIRIT」、誕生!

この2009年に誕生したものとして大きかったのは、
ファンクラブ「B★SPIRIT」の創設!
現在は「B★SPIRIT友の会」となっているこのファンクラブですが、
従来あったファンクラブを大々的にリニューアルしたものでした!
会員限定のベースランニング大会だったり、
グラウンド開放も行われたりするなど、
多分に他の球団、他の球場のイベントの影響を受けながらも、
新しいファンクラブとして、その第一歩を記したのが、この2009年なんです。

●Y150の年。たねまるが頻繁に登場!

この2009年、ハマスタのみならず横浜の街を盛り上げていたのが、
横浜開港150周年、
いわゆる「Y150」でした!
当時の大矢監督も、この150周年の年、2009年に優勝を!
ということで招聘されたわけで、
例年以上にこの2009年は、勝負の年であったのです。

その成績、結果はいったんおいておきまして(泣)
エンタメ系では、
このY150のマスコット「たねまる」が、何度もハマスタに登場!
ホッシーたちと仲良く遊んでくれました。

Y150記念試合もあったり、
横浜市にちなんだクイズ大会がYYパークで開かれたり。
この年ならではの盛り上がりが、ありましたね!

●ホッシーゾ、けんけつ大使に就任!

これはもしかすると前年、2008年からになるかもしれませんが、
ホッシーファミリーのやんちゃ坊主、ホッシーゾが、
献血を普及させるという一大任務をもった"けんけつ大使"に任命されました!

この2009年あたり前後、TBSが親会社の時代には、
献血車も頻繁にハマスタにやってきていて、
中には「今日、献血してくれた人を対象」とした、
スピードガンコンテストも行われたりしていました。
今考えても、この企画、大丈夫だったの?と(^^;)

とにもかくにも、けんけつ大使に就任していたホッシーゾ、
大使就任の前後から自覚が芽生え始めたようで(^^)
どんどんYYパークでも、前に!前に!出張るようになり(^^)
時には一切合財を取り仕切る勢いで、
ステージをガンガン盛り上げるようになってくれていましたね。

そして、この年以前に、ドアラに補助してもらいながらバク転を披露するなど、
アクロバットキャラを目指しての特訓が続いていたホッシーゾ。
この年あたりで、その成果が見事に花開き!
試合前や試合中、時には試合後にも!
バク転をカッコよく、きれいに魅せてくれるようになりました!
ナゴヤドームでのドアラとのバク転対決も、この頃にスタートしていましたね!

●ユニフォーム、変更に。

そういえばこの2009年の変革はもう1つ。
長く親しまれてきた青ストライプのユニフォームが、ガラッとイメージチェンジ!
Y150をモチーフに、
「Y」の字をユニフォームに取り込んだホーム・ビジターユニに変更になっていました。
よりすっきりとしたデザインで、
ダボダボユニだったホッシーファミリーの印象も、かなり変わっていましたね!
またホッシーたちにはこの年あたりからビジターユニも支給され、
ビジター遠征やオールスターで、しっかり存在感を放っていたように思います!
※この当時、ビジユニを所有しているマスコットは、
少なくともセ・リーグではドアラたちドラゴンズ勢と、ベイスターズ勢のみでした。

●赤い琢朗さん

2009年と言えばもう1つ。
石井琢朗選手が、カープに移籍した年でもあります。
ライトスタンドではなく、レフトスタンドから、
「たーくろー!」の掛け声の後に奏でられる、耳慣れたフレーズ、
そしてそれに合わせてのスクワット。
違和感を感じながらも、
そのフレーズに耳を傾けていた、2009年でした。

●チーム状態はどん底…だけど!

Y150の年に優勝を!と意気込んでいたはずなのに、
開幕直後から断トツの最下位…
世界一の栄光を味わって帰国したウッチーや村田も、
その現実に直面することとなってしまいました。
そしてついに、5月半ばで大矢監督は休養、
田代監督代行の元、ベイスターズは再起を図る、という…
弱かった時代の中でも、底の底にいたような、そんな印象のシーズン。

しかし!
そんなチーム状態とは裏腹に、
充実の一途をたどっていた場所がハマスタにはありました。
それが、もちろん、YYパーク!

dianaも4年目を迎え、
前年からの継続メンバー7人+新メンバー11人。
よいバランスのメンバー構成、
そしてさらに個性あふれるメンバーの集合により、
ダンスパフォーマンスも、ピンクリボン活動も、イベントも、
前年以前の経験をしっかり引き継ぎ、
さらなる充実期を迎えていたのです!

…ということで、すみません!今回はここまでになります。
あんまりdiana2009のことを書いてなくてごめんなさい。
次回は、どこがどう、充実していたのか?
YYパークのこの頃の魅力、できるだけ思い出しながら書いてみたいと思います!
引き続き、よろしくお願いします。

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