Ex-BAYSTARS

横浜DeNAベイスターズのすべてをまるまる応援!ちょっと変わった応援ブログです。他球団エンタメも応援してます。

想い出は、いつの日も、雨。~前略、池田純様。~

さて。

正直言うと、
この人のことはとっても苦手でした。

もっと明確に言うと、
あまり、好きではない人でした。

クライマックス・ファイナルの終了の余韻から、
まだ冷めやらぬその翌日。
まさか、でしたが
10月16日、池田純社長の退任が発表されました。
ベイスターズ公式

なんというか、最後の最後まで、
辞め方までなんだか、いけすかない人だなあ、と…
そんな気持ちです。


自分のブログを2011年12月1日以前から読んでくださっている人は、
あまり自分が池田社長にいい印象を持っていなかった、
ということをわかっていただけているのでは、と思います。

当時のブログ記事(別ブログに飛びます)、
2011年12月1日付「祈」
2011年12月2日付「祝」
これを久々に読み返してみたのですが、
当時の自分の気持ちが、手に取るようにわかります。

あの頃の、ベイスターズのままでいてほしい。
そう、自分は、
「変わっていくこと」を望んでいなかったのです。
しかし、皆さまもお分かりの通り、
池田社長は、「変わっていくこと」を至上としていました。

私は、すべてにおいて、
変化し続けること、進化し続けることは必要不可欠だと考えております。


あの2011年12月1日以降、自分の中では、
ホッシーファミリーたちの去就から始まって、
「継承と革新」の名目の下に、
常に「変化」に心を揺り動かされる日々でした。

今も良く言われます、
TBS時代は「暗黒時代」だったと。
すべてが「暗黒」でひとくくりにされ、
空席の目立つスタンドの写真を貼って揶揄される。
しかしながら、自分は、
あの頃、とんでもなく弱かったベイスターズを、
一生懸命に支えていた人たちが大好きでした。

ホッシーたちが最後に残してくれた言葉の中に、

いろんなものが変わってゆき、
戸惑うこともあるかも知れないけど…


という言葉があったのですが、
まさに、自分にとっては、そういう5年間でした。

いろんなものが新しく生み出されました。
そして、それと同時に、
いろんなものが、失われていったこともまた、確かでした。
自分が大好きだった世界が、
どんどん、変えられていったこと。
惑いの日々が続きました。

ホッシーファミリーやレックたち、
すべてのマスコットが「卒業」。

チアdianaを代表する活動の一つでもあったはずの、
(プロ野球界ではエポックな出来事だったはずの)
「ピンクリボン活動」がいつのまにか、
フェードアウトするようになくなったこと。

地域との交流の象徴ともいえるイベント出演が、
ほとんどなくなっていったこと…

そして、チームは、まだまだ弱いまま。
1年目など、本当に、
正直言うとちょっと、思い出したくないぐらいの気持ちでした。

しかしながら、
変化に戸惑う自分の気持ちと逆行するかのように、
中畑清監督の存在も手伝って、
ベイスターズは少しずつ、人々の話題になるように、
いろいろなところに取り上げられることが増えていきました。

例の"返金チケット"あたりが、
「あれ?なんだか面白いことやってるぞ?」みたいに、
注目されるようになるきっかけ、だったかもしれません。

お客さんの数も、
実は2011年(110万)⇒2012年(116万)の段階では微増にすぎなかったのですが、
2013年あたりから次第に増えだしてくるようになりました。

よく言われる、
"アクティブ・サラリーマン"というキーワード、
マーケティングによる新規のお客さんへの働きかけ。
ファンクラブの子供たちを無料で入場できるようにしたり、
特典チケットの引き換えもやり出したり。

そして、数々の、
目や耳に話題が届いてくるような、
奇抜で斬新な、"常識にとらわれない"イベント、仕掛けの数々。

ハマスタには、次第に人が増え始め、
どんどんどんどん、にぎやかさを増していきました。

今のように、
「平日でも普通に満員になる」
という空気感を肌で感じるようになったのは、
自分は2015年6月の、横浜開港記念日が絡んだホークス戦あたり。
番長が柳田にバックスクリーン直撃のホームランを打たれた、
あのあたりから、そんな雰囲気ができあがってきたような、
そんな感覚があります。

常にぶれることなく、変化を求めた池田社長。
それは初年度からずっと、姿勢は変わることはありませんでした。
そのために、袂を分かった人達もいた、と、
伺ったこともあります。

2014年末に明らかになった、
dianaの「サポーティングガールズユニット」へのリニューアル、
2015年から傾向を強めた、マスコット・チア交流の縮小、
シーズンオフの、エンタメスタッフ刷新。
2016年のDB.ライダー「契約終了」、
キララの出演機会減…
心揺り動かされる日々は続いていました。

特にサポーティングガールズユニットと化したdianaに対し、
自分があまりよい感情を持っていなかったことは、
このブログを読んでいる皆様もおわかりいただけていたと思います。

しかしながら、
今、ハマスタに集まってくる人たちは、
全体的に、とても前向きで、
いろいろな「変化」もまた、新しい楽しみとして受け入れる人が多いように感じられました。

「どうせなら、楽しまなければ損だよ!」
TBS時代からずっと付き合っているファンの人も、そう言っていましたし、
♪今を楽しもう♪
そう、dianaも「笑顔の魔法」で明確に、歌っています。

自分が「変化」をなかなか受け入れられなかった日々の中でも、
ハマスタは、ベイスターズはしっかりと「変化」―
言い換えれば「進化」を遂げていました。

5年経って、
YYパークというハマスタの奥の方で盛り上がっていた試合前のショータイムは、
ファミリーBAYパーク(=ハマスタBAYビアガーデン)という、
JR関内駅を出てすぐに見えてくる場所に移り、
たくさんのお客さんを集めています。
見た目からして、「楽しいことやってるぞ!」という雰囲気が伝わるようになりました。

試合日に立ち並ぶ、のぼりの数々も、
イベント内容に合わせてカラフルに変わっていき、
その目を楽しませてくれるようになりました。

トイレに代表されるように、
キレイにリニューアルされたハマスタの中。
また今年のオフも、座席の色が、
残り部分が変更になったりするのでしょう。

試合中のイベントも、
実は意外に基本は昔から変わっていなかったりしますが、
「どっかーん!FLY CATCH」のような、
スマッシュヒットとなるような新しいイベントも増え、
試合だけでなく、イニング間のイベントもまた、
より楽しめるようになりました。

ハマスタでは絶対できないともっていたジェット風船も、
「要は外に飛んで行かなきゃいいんだろ?」という発想(たぶん)の下、
"スタージェット"が生み出され、
ベイスターズファンや他球団ファンの楽しみを増やすことができました。

世界の、さまざまなスタジアムを肌で感じたスタッフが、
そこから生まれたアイディアを持ち寄って、
ハマスタで紹介してくれたこともありました。
このハマスタを通じて、知ったことも数多いです。

名物メニューだったり、地ビールの登場。
これもまた、ちょっと思いつくところではありませんでした。
ベイスターズエール&ラガーは、
他の球団の追随を許さないような存在になってきていると感じます。

もう一つ、池田社長の話で敬服したことがありました。
それは、ハマスタの「音」。
「どの席でも同じような音が聞こえてくること」
これは本当に重要なことと感じました。
正直言うと、この前のマツダスタジアムでもそうだったし、
他の球場でも感じたことでしたが、
音がよく聞こえない席に座ることが、これだけのストレスになるのかと、
今年になって気付かされる思いでした。

試合以外でも、
何か大きな"こと"をベイスターズが起こす時には、
街中が一夜にしてベイスターズ色に染まるような、
そんな"マジック"を見せてくれるようになりました。
※ちょっと前だと「グリエル襲来」、
最近では「永遠番長」あたりでしょうか。

そして何より、
ハマスタを埋め尽くす、いっぱいのお客さんの存在。

横浜DeNAベイスターズに、
"いてもたってもいられない"人達が、
本当に、たくさん、増えました。
そして、"戻ってきた"人達も、きっと数多かったんだと思います。

オープン戦であろうと、
パブリックビューイングであろうと、
たくさんのお客さんが列を連ね、席に座り、
そしてベイスターズを応援してくれている。
街中で何かしらのイベントを行なうという時にも、
いっぱいの人が、平日・休日問わずに、集まってくる。

これはなにより、
池田社長をはじめとする、
球団スタッフ皆さんの努力の結晶だと思います。

そして、そんな人々の応援に支えられ、
ベイスターズは今年ついに、
クライマックスシリーズに進出しました。
東京ドームの半分も青に染め、
議論喧しいマツダスタジアムのビジパフォも、
真っ青に染め上がりました。

5年前は信じられなかった未来が、
今、こうやって、現実のものになっています。

なんか、こうやって思い返してみると、
すげえな、と…
そんな気持ちで、いっぱいになります。

ただ、池田社長が不運だったのは、
DeNAベイスターズは、なにか重要な局面になると、
必ずと言っていいほど、雨に見舞われること。
自然の脅威に、さらされること。

初年度の本拠地開幕戦も、雨で中止になりました。
2年目も、そうでした。
グリエル、ハマスタでお披露目、という日もあれでしたし、
YOKOHAMA GIRLS FESTIVALや、
番長引退試合もまた、雨で大きな影響を受けたものでした。
開幕戦で飛ばそうと思っていた飛行機も、
強風の影響で飛ばなくなったり…

そして「ベイスターズ=雨」、で、
もはや伝説のようなものになってしまったのが、
あの今年の、「オールスターエクスペリエンス」。
さすがに、福岡でその様子を見ていて、あまりに気の毒すぎて…

"想い出はいつの日も雨"
サザンの「TSUNAMI」の一節ですが、
DeNAベイスターズは、まさにそれを地で行く球団だったなあ、とも…(^^;)

池田社長が就任されて5年の間で、
この方の姿を間近で見たのは、
たぶん、自分は3回だけでした。
宜野湾でのキャンプツアー参加者向けのパーティー、
シーズンシートオーナーのパーティー、
そして鈴木大地スポーツ庁長官とともに、
ハマスタ視察のため、球場を1周していた姿。

前任の加地社長が日々日々、スタンドに出向き、
1人1人のファンと握手や言葉を交わし、勇気づけてくれた。
気さくな方で、
何度もお話しさせていただいたこともありました。
そんな姿とは、まったく対象的で、違うものでした。
それだけに、池田社長に物足りないものを感じていたのも、
自分の中では事実、だと思います。

しかしながら、その姿をファンの前に現さずとも、
確かな形でベイスターズというチーム、そして会社を捉え、
そして話題を提供し、あらゆる部分を伸ばしていった―

すげえな。
本当に、凄い人だと思います。

前述した、ホッシーたちのメッセージ。

いろんなものが変わってゆき、
戸惑うこともあるかも知れないけど…


その後には、こう、続いています。

それでもベイスターズが、今シーズンも無事、横浜に居られたこと、
横浜スタジアムで野球が開催出来ることに、
感謝の気持ちでいっぱいですっ☆


あの頃感じた不安は、
もう、どこにもない、と言えるでしょう。

たぶん、もう、
この横浜の地から、
ベイスターズが姿を消すことは、まずないでしょう。
"I☆YOKOHAMA"の、名の下に。

ハマスタがこれからもまた変わっていくとしても、
仮に新しい球場ができることがあるとしても、
ベイスターズは、これからもずっと横浜。
そう、いてくれるでしょう。

それでも、どうしても、ひとつだけお願いがあります。
これからも☆ベイスターズを…、そしてスターマンを
どうか…、どうか…、
『大好き♪』でいてください。♪


ホッシーたちの願いのまま、そういられていることに、
感謝、しています。

池田社長、退任。
既にベイスターズに籍はない、ということにも驚きですが、
これでもう、
池田純の1日は、コーヒー豆を挽くことから始まる
みたいな記事を読むことはなくなるかな、と思うと、
若干の"せいせい"と、少しの寂しさと、があります。

あ、でも、もうちょっと、きっと、
そういう記事とか、あるかもしれないですね。
ちょっと、心の準備をしておきましょうか(^^;)
「池田純の人生相談」とか、
週刊プレイボーイあたりで1年ぐらいやりそうじゃないですか?

池田社長の推し進めた「継承と革新」、
それはこれからもきっと、
DeNAベイスターズの礎として、
球団を取り巻く"空気感"として残り、
次代へと引き継がれていくことでしょう。

その中で、今なお、改善してほしい部分も多々ありますが、
それはまた、これからの人達に、お願い出来ればと思います。

心揺り動かされた日々。
その中で、
いろんなものが変わってゆき、
そして…

いろんな人に出逢い、
いろんなことを知り、
いろんな場面に立ち合うことができました。
この子たちとも…
この緑も。
一番最初の頃。
この景色も。
生まれ出でたもの。
画期的でした。
列もいっぱいできました。
わっかるかな~?
すっかり、欠かせない存在に。
このチケット売場も。
ライダーも!
スタンドもそうですね。
池田社長は今、どう思っているのかな。
キララも大切な存在。


スローガンは定着。
街中にも。
駅も変わりました。

この2人も、そう!
どこよりも美しく。
このフレーズも。
「オマエのことは嫌いだったが、見事だった」
自分の気持ちも、正直、これに近いものがあります。
「変わること」と「変わらないこと」、
それぞれの大切さを学ばせてもらった想いです。

あなたのようになれたら。
やっぱり、そんな風に思ってたのかな。

一度でいいから、話してみたかったな。
球団社長と、一ファン(一ブロガー)という、
まず、接点のない関係でしたけど。

どうしても、池田さんに聞いてみたいことが、1つだけあるんです。
いや、本当は、2つかな…
いつか、どこかで、
そんな機会が生まれたらいいな、と思います。
さすがにそれは、生まれない、かな…?
いろんな意味で自分次第、かも、しれませんね。

そして次に「池田純」の名前を聞くのは、
いつ、どこで、どんな立場で、となるんだろう。
前・ベイスターズ社長、ではない肩書で。
その日を、楽しみに、しています。

池田純さん。
5年間、いろいろと、ベイスターズのために走り続けてくれて、
本当にありがとうございました。
たくさんの、感謝と、万感の想いを込めて。
ABAYO!
またいつか。いつかの、その日まで、
あばよ!!

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